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明日でいいことは明日やる。

人生も半世紀あまり…そろそろ自分を出してもいいでしょう?

信用できる人とは?

Posted by こはるんば on   0 



人生も半世紀以上過ごした経験から、他人を100%信用することはあまりない。
でも、100%に近いくらいの友人は本当にごく僅かだけれどいる。
ごく僅かでもいるだけ幸せなのだろうと思う。

新しい出会いが折々にあり、その人と話す時、信用できそうだなという印象を持つこともある。
でも、違う人のフィルターを通して、その人のことが私の耳に入る時、印象が少々違う。
人間社会では当たり前のことかもしれないけれど。

素直に受け取れば、その人は話す相手によって言い方を変えているのか、と思ってしまう。

そう感じることが最近またあった。


でも、フィルターが人それぞれ違うから、出てくる結果がズレてくる、ということなんだろうと思う。

これまでにもそういう経験を多々してきたから、伝聞は真に受けず、半々くらいで聞くようにしているのだけど。

自分のことを話す時も、どんなフィルターを通るか分からない。
なるべく勘違いされないように、言葉を選んで話しているつもりだ。


私の身近にも、ちょっと個性的なフィルターを持つ人がいる。
件のAさんことKさんなんだけれども。

Kさんを通さず直接話すと、たいてい、あぁそういうことだったのね、ということになる。

Kさんはよく「私、やっぱり変わってるんですかね?バカだから人の話分からないんです」と言う。
バカという謙遜の盾を持てば、何でも通るというもんでもない。
それとも、理解する気がないだけなのか。

理解しようとしない傾向は確かにある。
いろんな予定や段取りを、当日までに、間隔を開けて、少なくとも3回は聞いてくる。
聞きたいことが追加で出てくるのではなくて、全く同じことを毎回聞いてくる。

あ、それはまた腹黒な話題になってしまうから、次の機会にでも( ̄▽ ̄;)


自分と似ているフィルターを持った人、価値観ともいうんだろうけれど、そういう人が信用できるのか?
もちろんそれは気の合う人として信用できる。
でも、ちょっと違う気もする。

信用できる人かそうでないかは「節度」なんではないかと思う。
例えば、伝聞で暴走しない冷静さ。
相手が何を感じているかを気遣う配慮。
そんなもの。

そんなものを持ちながら、芯のブレない人。
どの人のフィルターを通しても、印象に大差がない人。

そういうのって、生きるセンスのある人っていうのかな。


そんな人になりたいなぁ。

こうしてブログに書くことによって、自分に起きたことをスルーしないで突き詰めて考えていくと、
「人の振り見て我が振り直せ」だとつくづく思う。




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